教育用事例:スポティファイのビジネス・モデル

2019.12.05 Thursday

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     スウェーデンの音楽関係のIT企業であるスポティファイ (Spotify) はビジネス・モデルが秀逸です。そのため、僕はビジネスプラン兇燃慇犬墨辰靴燭海箸發△蠅泙后スポティファイは、無料でもサービスがあり音楽を選ばない顧客にはそれでよい上に、有料のプレミアムプランに入ることで自由に音楽を選んで聞けるようになるのです。無料のプランにも意味があり広告を流すことで広告収入を狙っています。つまり無料のプランの顧客にも経済的な価値を見出しつつ、有料プランを相対的に便利にすることで有料のプランへの誘導する仕組みがあるわけです。航空会社のエコノミー・クラスとビジネス・クラストの関係に似ています。株式会社としてより大きな利益を上げる上で賢い手法です。なお、スポティファイでは僕にとって興味ある曲も聴けるので、顧客になろうか迷っているところです。

     

     

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    「め組の喧嘩」鑑賞

    2019.12.03 Tuesday

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       NHKで放送された際に録画しておいた歌舞伎「め組の喧嘩」を今週鑑賞しました。「め組の喧嘩」は明治時代に作られた作品であり、NHKによる解説では演劇改良運動が終息する頃の作品です。酒の話がかなり出ており、演劇改良運動の影響を受けているようには見えませんでした。本格的にだんまりの場面がある歌舞伎を鑑賞するのは、僕は今回が初めてでした。そのだんまりには興味が持てました。大詰での火消しと力士の喧嘩には、京劇ほど激しくないもののアクロバットがありました。大詰では、アクロバット以外にも演出が派手であり、僕はこうした派手な演出は好みです。ストーリーについては火消しの側にも落ち度のある喧嘩なので、主人公の辰五郎に僕はあまり共感できません。実際に正月に上演されることもあるようですが、正月に向いていそうな元気のいい作品でした。「野晒悟助」と同様に戦闘シーンを後半に持っていく理由は、作品の途中で観客の盛り上がりが覚めてしまうのを防ぐためかと思います。

      日米での教科書の厚さ

      2019.12.02 Monday

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         今日において会計学の分野では、日本の教科書は平均的には薄く、アメリカの教科書は平均的には厚いです。感覚的にはアメリカの教科書は日本の教科書の5倍程度の厚さのことが多いです。理由の一つは、教科書代という学費をなるべく軽くしてあげるためでしょう。日本では奨学金が充実していないので学費は軽くする必要があるのでしょう。もう一つの理由は、アメリカの学生の方が傾向としてはやる気が高く厚くても読んでくれるのでしょう。日本企業の多くは大学卒業生の技能を軽んじるためやる気が起こらないのでしょう。奨学金を充実させること、日本企業に技能を尊重させること、これらが厚い教科書を日本でも普及させるために必要と思います。それぞれ国家としての生産性の向上、個別企業としての生産性の向上、にそれぞれつながるので本来割が合う話です。厚い教科書が普及すれば、学術的により深い議論を授業内でできるようになることでしょう。僕も、アメリカの厚い教科書の訳者になりたいものです。普及すれば、僕を含めアメリカの会計学に関心のある会計学者は訳者になりやすくなるでしょう。今のままでは仮に訳書を発行できても、多くの部数を売ることは困難でしょう。

         

         

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        縁故資本主義の分析:新自由主義への侮辱

        2019.11.29 Friday

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           日本における新自由主義への侮辱の大部分は、縁故資本主義の支持者によるものでしょう。これに関する記事は以前にもこのブログで書きました。しかし縁故資本主義を分析する上で言えることは、マルクス経済学からの近代経済学への侮辱との類似性です。マルクス経済学が近代経済学を俗流経済学と呼んで侮辱することがあります。縁故資本主義の支持者を分析する際には、マルクス経済学者を分析することが役立ちそうです。マルクス経済学にとっての脅威は広く近代経済学でしたので、侮辱する動機がありました。縁故資本主義にとって実務における最大の脅威は新自由主義なので、侮辱する動機があるのです。そしてマルクス経済学が日本のエセ知識人のファッションであったように、新自由主義への侮辱は今日の日本のエセ知識人のファッションとなっています。

           

           ただし、マルクス経済学はかなり学術的な価値がありますが、縁故資本主義は虐げられている側にとって有害無益でしょう。また学問においては相互の批判は発展のために有用ですが、新自由主義に縁故資本主義の支持者がしているのは批判ではなく侮辱です。経済学や経営学を学ぶ方々は、侮辱という悪質な手法を用いる縁故資本主義に感化されるべきではありません。侮辱をうのみにして新自由主義への偏見を持つべきではないのです。

           

           

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          消費増税の目的

          2019.11.27 Wednesday

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             日本では消費増税が続いておりさらなる消費増税もありうる政治情勢です。今月、IMFが日本にさらなる消費増税を提案しました。日本における消費増税の目的は、社会科学から考える限り、人民を貧しくして国粋主義政治家に隷属させることでしょう。経営学部や経済学部で学ぶ皆様は、学習した知識を活かして日本の政治情勢を見るのがよいです。

             

             会計学のアンソニー先生も唱えていた世代間衡平のために、財政赤字は確かに防ぐ必要があります。しかし租税論において今日ではラッファー・カーブという理論が知られています。消費増税はかえって税収を少なくしかねないものです。北欧のような福祉国家にすれば事情は異なるでしょうが、そのような計画が日本政府にあるとは思えません。よって日本政府が財政赤字対策のために消費増税をしていたりしようとしているとは考えにくいです。また政治家はまだしも財政を管轄する官僚がラッファー・カーブを知らないとも思えません。

             

             IMFは世界銀行と異なり国連の機関です。世界銀行に院生の頃の個人的な恩義のある僕が言っても説得力に欠けますが、世界銀行は比較的公正な国であるアメリカの影響が強いので、やはり比較的公正かもしれません。国連には日本政府が多額の資金を出しています。社会科学には外形的独立性という発想があります。例えば監査論では初歩的な話です。IMFは日本政府からの外形的独立性が不十分です。さらには外形的独立性の問題のみならず、IMFには実際にも日本政府からの影響があるという報道も今月ありました。IMFも消費増税を唱えている、ということは日本政府を疑わなくてよい理由になりません。

             

             経済史においては、戦時中の日本の軍部に関して人民は貧しいと政府に逆らえないということが知られています。そして現代では軍部による支配まではまだないものの、日本政府には国粋主義政治家が少なくない時代となっています。

             

             財政赤字をなくすためにすべきシンプルな対策は、国粋主義への直接・間接の歳出をなくしかつ国粋主義が原因での歳入の減少をなくすことです。この記事は主に教育用に書いているので、衝撃的な話は避けたいです。しかし国粋主義への直接・間接の歳出と国粋主義が原因での歳入の減少は莫大なものです。僕は公会計の専門家ではないのでその論文を書くことに関心はありませんが、会計学では国の収支も考察の対象たりえます。よって、日本の財政に打撃を与える要因くらいは僕も知っています。また、経営学・経済学の系統の学問以外からも考察すると、日本政府の消費増税の目的についてさらなる知見が得られますし、僕も知見を得ています。

             

             国家財政について学生の皆様がすべきことは、プリンシパル=エージェント関係を考えればシンプルです。エージェントたる日本政府の暴走をやめさせるためプリンシパルたる市民として賢明な意思決定ができるようになること、公務員志願者については人民に奉仕する公務員になること、です。

             

             

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            ロシアの提示したリストと外務省

            2019.11.25 Monday

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               最近日本語マスコミが、ロシアが日米関係が平和条約の障害になっているとして懸念を日本に伝えて日本の外務省が対応すると約束した、というニュースを流しました。情報源が西洋マス・メディアではなく日本語マスコミですし、ロシア側の主張としての報道なので、信じきれはしませんがここでは仮に本当だとして考えてみます。ロシアとの平和条約を結ぶことには僕も賛成です。しかしアメリカとの関係を悪化させることには反対です。このリストの内容が不明ですのではっきりしたことは言えません。内容次第ではこのリストに対応してしまうことは、僕を含めてアメリカと交流がある日本人の人権やアメリカに被害を与えるでしょう。また、外交はものによっては行政ではなく立法の管轄なので、内容次第ではこのリストに外務省が対応を約束してしまうのは越権ではないかという疑念を持ちます。行政が約束してしまわずに国会で議論されれば、日本の人民は対応を早くとれますしまた利害関係のあるアメリカや他の良心ある外国が日本に意見を出すこともできるでしょう。ニュースの真偽と今後の動向が気になるところです。

              西洋合理主義に背かない感情

              2019.11.24 Sunday

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                 僕を含めて西洋合理主義の支持者は、感情論には反対します。ただし、博愛精神 (悪人をも愛することとは限らない) や悪を憎むことには反対しないことが多いでしょう。そして博愛精神から救貧団体に寄付し、悪への憎しみから人道団体に寄付するでしょう。あるいはそうした団体のメンバーやボランティアとなるでしょう。一方で偽善者を含む悪人の多くは感情論を支持する一方で、博愛精神に反対するとともに悪への寛容を支持します。具体的には、悪人は差別をしまた価値相対主義を好みます。悪人には幅広いバリエーションがあるのでこれに当てはまらないケースも少なくはないでしょうが、簡略化のために差し当たり置いておきます。

                 

                 問題となりうるのは、西洋合理主義に背かない感情であるためのメルクマールです。僕たちキリスト者にとっては、福音書に単純な読みをする限りにおいてイエスは博愛精神を持ちかつ悪には不寛容だった、ということは西洋合理主義者すらもつ感情を正当化します。なお、キリスト教において理性は神からの賜物の一つです。しかしノン・クリスチャンの方々との対話を考えれば、メルクマールなしでは説得力に欠けます。西洋合理主義では理性が重要なのですから、メルクマールはその感情が理性を歪めないこと、ではないでしょうか。例えば、カント哲学では人には理性があるから人権を尊重するべきだという発想に理性から至りますが、これは博愛精神と重なります。皆様は何がメルクマールだと思いますか?

                 

                 さらに僕はこれに関してもう一つ疑問を持っています。西洋合理主義の支持者たるもの、西洋合理主義に背かない感情を持っているのと、何も感情を持たないことの、どちらがより倫理的でしょうか?あるいは対等でしょうか?それはなぜでしょうか?皆様はどう思いますか?

                起業への意欲を尊重すべき

                2019.11.23 Saturday

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                   関東学院大学経営学部では全ての1年生にビジネスプラン兇箸い実際にビジネスプランを作らせる授業をしています。大抵のチームは、株式会社として起業するか大企業の企業内ベンチャーを設定するかのどちらかを想定してビジネスプランを作ります。どちらにせよ、起業を想像するのです。そして全国の大学で言えそうですが、経営学部や経済学部に入学する学生たちは起業に関心があることが多いでしょう。

                   

                   国によっては起業が盛んですが、日本では起業の件数が不十分です。起業は個人事業主となるものであっても十分価値があります。しかしこの記事ではある程度の規模の企業にすることを目指した起業を考えてみます。そうした起業に成功すれば創業者は大抵お金持ちになれます。しかし日本では世襲ではないお金持ちは成金と呼ばれて苛烈な侮辱を加えられています。そのため多くの学生が企業への意欲をそがれてしまっているのが、起業の件数が少ない一因でしょう。もちろん、日本における制度の欠陥も企業の件数が少ない一因ですがこの記事では置いておきます。一方でアメリカでは、ジャーナリズムのあるWSJによればお金持ちに世襲ではない人々が多いのです。そして努力でお金持ちになることをアメリカン・ドリームと呼ぶのであって侮辱するのではありません。日本もアメリカに倣うべきです。

                   

                   

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                  一部のSROI反対者の本音

                  2019.11.22 Friday

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                     数日前にこのブログで触れたように、SROI反対が日本の学界では強いです。個別の反対者全員が邪悪な利益から動いているようにはもちろん見えません。アカデミック・インテグリティを持ってSROIに反対するのは自由ですし、そうしているであろう先生もいます。そして僕たちSROI賛成の研究者の主張も可謬です。アカデミック・インテグリティを持っていれば賛成・反対双方間が議論することで研究が深まることもあるでしょう。しかし邪悪な利益から動いていると判断できる研究者はいます。そう判断できる理由は、その分野の専門家ともあろう者が本気で言っていると思えない明らかに誤っている論拠でSROIに反対している研究者がいるからです。邪悪な利益で動いている研究者がある程度の人数いれば、日本の学界全体を邪悪な利益によってSROI反対へと持っていくこともできるのでしょう。

                     

                     

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                    慈善は理性によるべき理由

                    2019.11.17 Sunday

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                       慈善は「かわいそう」などといった感情ではなく、理性によって実施されるべきです。カントが目的としての理性を唱えたのとは異なりますが、ベンサムの功利主義は福利厚生を最大化するために理性を道具として用いる発想です。感情で慈善を実施してしまうと、福利厚生は最大化されないのです。広く利用できる統計データを見ても、日本人は理性ではなく感情で動く国民性です。慈善に関係する研究者すらも、理性より感情に実際はなってしまうことがあるでしょう。その証拠に、日本人の研究者のかなりの部分が理性的な財務指標であるSROIに反対しています。この現象はベンサムの言う邪悪な利益である可能性すらあります。会計学においてはIFRSに反対する会計学者の中に、本音では企業会計審議会の時代に会計学者が主導して会計基準を作ってきたゆえの日本基準への愛着、という実務家や株主を切り捨てた邪悪な利益を求めている会計学者もいることは多くの人々が分かるでしょう。類似した現象がSROIにもあっても不思議はないのです。西洋も今後理性の尊重を続けられるか怪しくなってはいますが、それでも西洋では効果的利他主義という慈善に関係深い理性的な発想が提唱されています。

                       

                       僕自身は、宗教目的以外の寄付をする際には理性をある程度は用いているつもりです。もちろん本当に理性が働いているかは怪しくなることもあるでしょう。