ボーイスカウトと町内会

2020.03.23 Monday

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     ボーイスカウト米国連盟が2月に破産を申請しました。不祥事によるものであり、被害者に対してボーイスカウト米国連盟は謝罪の表明もしました。ボーイスカウト米国連盟は公益性に反していたのであり、NFPとは言えない団体と化していたのです。そして、町内会をNFPに含めかつ含めていることがタイトルからしても決定的意味を成すペッカネン先生のご著書であるJapan's Dual Civil Societyは、大平正芳記念賞と日本NPO学会の研究奨励賞を受賞しています。このご著書は和訳も発行されています。

     

     町内会がNFPであるということはスピーリ先生がThe Japan Timesで公開した論文で、おそらくはハーバーマス哲学の観点から、既に否定されていました。スピーリ先生の論文にはペッカネン先生の学説への反証事例となるものも一応は含まれていました。町内会に都合の悪いペーパーは日本では掲載してもらいにくいでしょうから、スピーリ先生の論文は貴重です。掲載当時のThe Japan Timesの品質は高かったとも言えます。

     

     しかし今回の破産申請はペッカネン先生の和訳における学説への強力な反証事例です。ペッカネン先生は町内会に加入するよう圧力があることを、NFPであるボーイスカウトに加入するようアメリカで圧力があることを論拠の一つとして、加入者の自発性を否定しないとしていたのです。そして不祥事によってボーイスカウトがNFPでないと示されたわけです。もっとも、誤訳か意図的なものか不明ですが、該当箇所は原著においては和訳と比べて強くは主張されていませんでしたが。ポパーは反証事例によって学説が更新されることで科学は発展するとしていました。ペッカネン先生やペッカネン先生に賞を与えた各団体が今回の破産申請にどう反応するのか気になるところです。ペッカネン先生が新たな学説を唱えるようになり、ペッカネン先生に賞を与えた各団体が今までとは違う学説の提唱者に賞を与えるようになれば、興味深いです。

     

    参考文献

    Robert Pekkanen, The Japan's Dual Civil Society: Members without Advocates, Stanford University Press, 2006 (『日本における市民社会の二重構造』佐々田博教訳、木鐸社、2008年).

    John Spiri, "Chores, Charges and Chin-Wags: The chōnaikai Ties That Bind", The Japan Times, Jul. 21, 2014.

     

     

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    動物とSROI

    2020.03.19 Thursday

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       SROIは功利主義に立脚しています。功利主義では、ベンサムであれシンガー先生であれ、人の効用のみでなく動物の効用をも考慮します。しかし最も国際的に普及しているであろう手引きにおいて、動物の効用はSROIの分子にカウントされていません。僕が気になるのは、動物の効用をSROIの分子にカウントする論文や事例があるかどうかということです。もしないならば、動物の効用をSROIの分子にカウントすることが可能かどうかは、研究する余地があるかもしれません。こうした研究の実務への影響としては、動物保護に関わるNPO法人や民間の公益法人、そして動物実験をする学校法人に特にもたらされることでしょう。

       

       

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      あるNPO法人へのシンガー先生の祝辞

      2020.03.16 Monday

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         2017年、アニマルライツセンターという日本のNPO法人の30周年に、効果的利他主義のシンガー先生が祝辞を寄せました。シンガー先生は存命の哲学者で最も、SROIを研究している僕にとって賛同できる点が多い人物と思います。このNPO法人の活動は、公式ウェブページからはそれなりに公益性があるように見えます。シンガー先生の祝辞は、功利主義に基づいて日本でも公益を促進したいというシンガー先生の希望からのものでしょう。そもそも功利主義においては、既にベンサムが動物への配慮の必要性を唱えていました。この記事での話の前提として、シンガー先生の祝辞全体としては公益性があると僕は考えています。この記事では特に言及しない限り、日本語訳ではなく英語原文に準拠します。

         

         シンガー先生の祝辞では、動物の権利の発想が西洋からの押し付けではないと書いている段落で、仏教とキリスト教への言及があります。そして、この言及がキリスト教神学の観点からは誤っているように思います。日本には西洋に悪意を持つ人々がいるので、日本人多数派の共感を誘えそうなことを書いておく必要はあったのでしょう。またベンサムがパウロを批判していましたから、その影響もあるかもしれません。パウロは禁欲主義であるという前提をしたベンサムのパウロ批判が合っているかも怪しいのですが。

         

         まずシンガー先生は、人による動物の支配という発想をキリスト教がしているとします。シンガー先生は旧約聖書の創世記のあたりをご論拠になさっているのかもしれません。しかし日本においては関東学院の元学院長でもある神学者の小河博士が人の動物への責任を唱えていますし、西洋においてはホイートン大学の近年の教科書でも…その教科書はホイートン大学における位置づけが複雑なのですが…被造界に対する人の務めという教義が書かれています。

         

         次にシンガー先生は、不滅の魂を持つのは人だけで動物は持たないという発想をキリスト教がしているとします。当該NPO法人のウェブサイトにある日本訳ではここは上手く訳されていません。動物には洗礼をしないというのがキリスト教では基本なことが、シンガー先生のご論拠かもしれません。新約聖書にあるローマの信徒への手紙からすると、動物も最後の審判の後で復活しそうです。そのため、不滅の魂を動物も持つという解釈が正確に見えます。動物に洗礼をしないのは、洗礼が必要なのにしないのではなく、洗礼が必要ないからでしょう。なお、聖霊ではなく魂という概念が旧約聖書以来聖書にあることをご存じなようなので、シンガー先生は少なくともある程度のキリスト教の知識をお持ちなのでしょう。

         

         僕は仏教原理主義者が非人道的な発想をしていると知っていても、僕は仏教徒ではないことも一因で穏健な仏教については世界史で語られる程度の知識しかほぼありません。そのため仏教と動物の権利についてのシンガー先生の発想が合っているかは判断が困難です。仏教徒の方々がシンガー先生の祝辞のこの箇所をどう捉えられるのか、気になるところです。

         

         シンガー先生についてペーパーで言及する際に、シンガー先生の謝辞を参照する機会はあるかもしれません。キリスト教神学に関わる箇所に限らず、シンガー先生の祝辞には深い意味が込められていることでしょう。例えばやはり日本語訳では上手く訳されていない2文目における「どんな文化においても」というシンガー先生の表現は、文化というものへのベンサム以来の功利主義の見解を反映していることでしょう。皆様は、シンガー先生の祝辞は合っていると思いますか?思いませんか?それはなぜですか?

         

        参考文献

        アニマルライツセンター「アニマルライツセンターの歴史」『認定NPO法人アニマルライツセンター』アニマルライツセンター、2019年 (https://arcj.org/about-us/history/)。

         

         

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        功利主義を支持

        2020.03.12 Thursday

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           僕は少し前には功利主義の便利さを認めていました。最近は、自然法思想と関係する徳倫理学よりも、またカント哲学よりも、功利主義を僕は支持しています。この支持は、SROIをはじめとした研究においても研究以外においてもです。支持するように倫理学の学説間での僕の選択が変わった理由の一つは、功利主義は検証なり験証なりがしやすいことに惹かれるようになったからです。功利主義であれば、実例を用いて検証や験証ができますので、科学的な倫理学の発想なのです。

           

           自然法思想やカント哲学が科学でないとは思いませんが、功利主義はより科学に向いているということです。また自然法の存在も僕は否定しませんが、徳倫理学よりも功利主義をベースにして社会における出来事を検討するのが望ましいと考えているのです。なお近年の日本では、倫理学に関心のある人々の間でも徳倫理学の方が功利主義より支持されているかもしれません。そうだとすると、徳倫理学が支持される理由はそれなりにあるかもしれませんが、その理由とは何か知りたいところです。皆様はどういう理由でどの学説を支持しますか?

           

           

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          ロビンズへの反論

          2020.03.11 Wednesday

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             厚生経済学においては基数的な効用の測定が可能としたピグ―に対して、LSEのロビンズからの異論がありました。そのことには、僕はトルコで少しふれました。ロビンズからの異論は、実務において特定の誰かの効用がいくらであるかを測定することは難しいのでその金額を活用した検証や験証に向かず科学的ではない、というものだと僕は理解しています。そしてロビンズからの異論は、今日の厚生経済学では広く受け入れられています。またロビンズからの異論は日本でも知名度があり、例えば木村 (2004) で言及されています。

             

             しかし今日ではSROIがあります。SROIは典型的に基数的な効用の測定を実務に持ち込んでいます。金額で直接測定されていないことについても、何か別の金額で直接測定されるものから数値を持ってくることで測定可能にする、というのがSROIで採られている工夫です。この工夫によりSROIではロビンズからの異論は克服されています。そしてSROIは、ロビンズからの異論が万能でないことを示す反証事例なのです。ロビンズの異論に問題がありそれがSROIで反証される様子は、ロビンズと同じくLSEのポパーの発想と相性が良いかもしれません。

             

             この話はペーパーにしたくても、日本の学界ではSROI反対が主流なのでなかなか載せてもらえないでしょう。皆様はこのロビンズへの反論について賛成ですか、反対ですか?それはなぜですか?

             

            参考文献

            木村雄一「ライオネル・ロビンズと効用の個人間比較」『經濟論叢』第173巻第2号、2004年。

             

             

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            厚生経済学での功利主義への批判に応じるには

            2020.03.10 Tuesday

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               SROIに関する議論は厚生経済学とも結びつく面があります。旧来の厚生経済学は、功利主義の影響を受けることもありました。厚生経済学において、近年では客観的に見れば抑圧された環境にいるのに満足度の高い人々の事例が、旧来の厚生経済学への批判として挙がっています。日本語での厚生経済学関係の文献では、南アジアの事例を用いているものを見かけます。功利主義のみ批判されているわけではありませんが、功利主義よりも自然法思想の方が望ましく見えかねない事例ですね。(僕は自然法の存在は否定していません。) 事例としては学術的には面白いですし実務的にもそこから何か言えるかもしれませんが、この批判には応じることができます。

               

               旧来の厚生経済学への批判者たちもここは否定しないでしょうが、まず、満足度の決まり方を当事者たちに形成させるプロセスに問題があるのです。そして功利主義からすれば、プロセスの途中での当事者の苦痛をカウントすれば現在という一瞬での満足度が高くてもその当事者にとっての総合的な満足度は低くなるでしょう。よって、旧来の厚生経済学を批判に用いられている事例から否定することはできないのではないでしょうか?

               

               独立した論文にする程の考察は現時点ではしていませんが、これは僕のしているSROIの研究にも関わってくるかもしれないことです。皆様はどう考えますか?理由は何ですか?

               

               

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              AAHのウェビナールに二回目の参加

              2020.02.29 Saturday

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                 日本時間で昨日の夜から研究室に泊まり込んで今日の早朝、AAHのウェビナールに二回目の参加をしました。体力は消耗しますが、参加する価値のあるものでした。学術的な面で、僕が所属しているどの日本の学会の全国大会や関東部会よりも僕にとって聴く価値のあるウェビナールでした。論文や学会報告で活用できそうなのです。早速2019年度中に活用する可能性もあります。今回は3名の先生が一本ずつ論文を報告なさいました。やはり今回も小テストがあり、前回の小テストよりは僕は自信があります。リスニングも前回のウェビナールよりは上手くできた気がします。英語で聴いて和訳せず英語で理解していたつもりです。

                 

                 僕が三本の論文で最も興味を持ったのは、ロバーツ先生のものです。社会学を活用して公認会計士の世襲について研究したものです。そしてロバーツ先生は、ニューヨークにおいては世襲は多かったと主張なさっています。日本でも公認会計士の世襲は多そうですが、日本社会は日本に都合の悪いことは隠したがる傾向がアメリカよりも強いでしょうから、中々このような研究は日本では困難でしょう。民間人も学問の自由を尊重するアメリカ文化をこのウェビナールからも感じます。また、ロバーツ先生はプレゼンテーションの技術も高かったです。僕もネイティブ・レベルの英語力に達することで英語での学会報告においても上手くプレゼンテーションできるように早くなりたいものです。ただし、会計学ならではの要素はロバーツ先生のご報告では薄かったです。もしかするとペーパーになさる際には会計学ならではの要素がそれなりに加わるのかもしれません。

                 

                 

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                AAHのウェビナールに初参加

                2020.02.15 Saturday

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                   昨日の夜から研究室に泊まり込んで、今日に日付が変わってからアメリカ会計学会会計史部会のウェビナールに初参加しました。M&Aの前の米国会計史学会の更新で、略称はAAHです。アメリカの東部の時間では14日の開催でした。そもそも僕はどの学会のウェビナールにも参加したことはありませんでした。使われたアプリケーションはWebExでした。WebExを使ったことはなかったので、音声の出し方が当初分かりませんでした。途中で音声の出し方は分かりました。僕はある先生から今回のウェビナールで報告するように推薦をいただいていたのですが、原稿の用意が間に合わずに辞退させていただきました。その先生には今後のウェビナールで報告したい旨伝えてあります。

                   

                   僕は今回のウェビナールでのどの報告も悪い報告だったとは思っていないのですが、中にはディスサントから酷評されている報告者もいました。全ての報告について小テストがあり、中々の難易度の問題が出ました。最も完成度が高いと感じたのは、ゼフ先生たちのご報告でした。それはIFRSに関係する報告で、コンバージェンスを推進したSECのチーフ・アカウンタントの伝記でした。キリスト者かつキリスト教主義の大学の教員として関心を持てたのはスミス先生のご報告で、ルカ・パチオリについてのものです。ルカ・パチオリが形だけでなく実際にキリスト教を重んじていたことなどが語られました。今回のウェビナールは全体としても、歴史を学ぶというより歴史に学ぶという趣向のものでした。

                   

                   日本の学会もウェビナールを実施してみると、研究の促進に効果があるのではないかと思います。AAAは会計史部会以外でもウェビナールを開催しています。日本では、特に複数の地域間での合同部会では研究費の支出の削減にもつながることでしょう。日本の大学では十分な金額の研究費の調達は困難なので、支出の削減は有意義です。ところでかつてSkypeを使える水谷ゼミ生がいましたが、WebExではなくSkypeでも類似したウェビナールは可能なのでしょうかね?

                   

                   

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                  宗教法人の資金調達

                  2020.01.18 Saturday

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                     民間非営利組織の一つである宗教法人の信金調達の仕組みは、租税論のネタとしては面白そうです。その資金調達の仕組みは、経済実態として寄付なのか否かということです。強制力の有無がメルクマールとなりそうなのは分かりますが、その強制力とは単に何かしらの金額を支払わせるのみでなく金額がいくらかというところまで強制しないといけないのでしょうかね。

                     

                     世界三大宗教について僕にとってすぐに浮かんでくる具体的なネタは以下のものがあります:

                    • 中世ヨーロッパのキリスト教会への十分の一税。高校までの世界史でおなじみですね。
                    • 中世イスラーム圏でのザカート。高校までの世界史でおなじみですね。
                    • 現代日本の仏教の葬儀に際しての布施。多くの日本の家計にはおなじみですね。

                     

                     上の二つは、中世は政教分離でないから宗教法人という発想があてはまるのか、という論点もあります。それでも、考察のネタとして十分面白いでしょう。現代の日本の仏教は建前上は政教分離を日本の政府機関は採っていますので、シンプルです。

                     

                     ネタとして面白そうな割に、現代日本でこれらについての研究をあまり見かけない気がします。僕自身は租税論には強いか怪しいですが、他の会計学者や租税論の先生が論文や研究ノートを書いてくれるのが楽しみです。

                     

                     

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                    『経営理論大全』読了

                    2019.12.31 Tuesday

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                       今日、イギリスの書籍の訳書である『経営理論大全』を読了しました。狭い意味での経営学を知るうえで、悪くはない内容でした。洋書には秀逸なものが多々あるので訳書だけでも良い書籍はそれなりに入手できるのですが、『経営理論大全』もほとんどの和書と比べると格段に高品質と言えるでしょう。2015年にCMIから賞を受賞した書籍であることに、ある程度は納得です。原著については現在では第2版も公表されているので、十分な部数が売れたのでしょう。『経営理論大全』では、中間管理職が企業の目的に貢献できるようになるための様々な理論が紹介されています。

                       

                       ファースト・オーサーのマクグラス先生は経営学ではなく教育学の博士号をお持ちです。職人文化のある日本ではマクグラス先生のような経歴の先生が経営学の書籍を公表するのは、不可能ではないにせよ困難でしょう。日本には多芸は無芸と決めつける文化がありますが、少なくともオックスブリッジは学生教育において多方面の知識を与えることを好むのです。ただしマクグラス先生はオックスブリッジではなく、会計学で有名なバーミンガム大学出身です。なお、神学のマクグラス先生とは別人です。セカンド・オーサーのベイツ先生は、慈善団体の経営者でもいらっしゃるので、僕の専門分野とも関係が深いです。

                       

                       小さな疑問点は色々とありますが、大きな疑問点もあります。大きな疑問点は以下のものです:

                      • マクグラス先生たちはマキャベリズムに反対なのですから、シャドウ・サイド理論が「大好き」というのは矛盾ではないでしょうか?もっとも僕も『君主論』は読みましたが、僕はマクグラス先生たちとは『君主論』の解釈も異なります。
                      • マクグラス先生はイギリス社会に世襲があることを容認しています。世襲が全国にあることは、企業の目的である最大限の配当可能な利益を産みだす上では全国の企業の足を引っ張ります。中間管理職に公私にわたって世襲の廃絶の努力を勧めた方が一貫しているのではないでしょうか?

                       

                       

                      参考文献

                      ジェームス・マクグラス and ボブ・ベイツ『経営理論大全―すぐに使える最強のビジネスセオリー―』平野敦士カール監訳、朝日新聞出版、2015年 (The Little Book of Big Management Theories: And How to Use Them, Pearson Education, 2013)。

                       

                       

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