教員の政治的中立の難しさ

2019.10.08 Tuesday

0

     曖昧な規程ですが、教育基本法第14条からすれば大学においても教員の政治的中立という発想はあるのかもしれません。しかし政治的中立には難しさがあります。中立といってもあいだを採るという意味ではないでしょうから (もしそうであれば多数派が平均に大きな影響を与えるので多数派に従う保守に近い発想なら学生に押し付けてよいとなりますから)、関与しないという意味で中立と言っているのだろうということは分かります。また学生に政治的見解を強制しないようにという趣旨なのも見当は付きます。さらには強制はなくても、独立した意見形成を阻害することを避けるという発想がもしあればその発想も理解できます。僕も、法的には問題ない気はしても、選挙直前に自分自身がどの候補や政党に投票するかを念のために学生に明かさないようにしています。独立した意見形成を学生に促すためです。

     

     まず、教員に限らず政治的中立が技術的にそもそも可能なのかという問題があります。例えば、政治的に中立と称することは政治的に保守的であるということに含まれてしまい、保守か革新かは二択であり中立はないのではないかということです。皆様はこの問題についてどういう理由でどちらだと思いますか?

     

     次に、政治的中立がありうるとして、どの範囲まで政治的中立が要るのかという問題があります。この問題については、弁護士の渡辺氏による秀逸な記事がYahoo!ニュースで紹介されています。渡辺氏によると政治的中立が要る範囲は相当に限定されるそうです。僕は授業では経済政策や福祉政策に触れるような場合を除けば政治にあまり言及しませんが、政治的な主義主張は持っています。そして授業時間外に (特に文科政策についての) 政治的な署名をしたりデモに行ったりすることもありますが (最近参加したいデモがなかなかありませんが)、こうしたものは政治的中立が不要な活動なのです。しかし難しいのは、教育基本法第14条が曖昧なためか、具体的な線引きが渡辺氏の記事を見ても曖昧なことです。この曖昧さは政策に関係する授業を実施する際には、採れる教育手法を制約し教育効果を限定してしまうことになりかねません。例えば会計学に関係が深い分野では、租税論で消費増税を論じる際にです。この線引きに関して、日本の大学教員の平均と感じるものと比べて僕は授業における政治的中立を尊重している方だと思います。皆様はどこで具体的な線引きを、どういった理由でするべきだと思いますか?

     

     

    参考文献

    渡辺輝人「自民党が学校の先生の政治発言の密告を推奨した件」『Yahoo!ニュース』2016年7月9日 (https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20160709-00059798/)。

     

     

    JUGEMテーマ:学問・学校

    スポンサーサイト

    2019.10.17 Thursday

    0
      コメント
      コメントする