言える冗談の範囲

2019.10.09 Wednesday

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     授業において、僕も冗談を言うことはあります。アメリカではユーモアは重視されます。シェイクスピア文学に見られるような単語選択によるユーモアもあるにせよ、冗談もユーモアの手段です。しかし授業において教員が言える冗談の範囲がどこまでであるかは難しい問題です。ものによっては教員が冗談として言ったことでも、一部の聞き手にとってそれは冗談ですが冗談じゃないとなりうるわけです。

     

     まず、新約聖書で下品な冗談は禁じられています。そして関東学院はキリスト教主義の大学ですし僕自身もキリスト教徒です。そのため一部のアメリカン・ジョークも含めて、下品な冗談は言わないようにしています。アメリカン・ジョークには僕は関心を持っているのですが、授業での実用性が一部制限されるのです。僕はジョージ・ワシントンに敬意を持ちつつも、ワシントンの例のジョークは語れていますが。

     

     ブラック・ジョークは僕自身は好きであり、言うことがあります。イギリスではブラック・ジョークが好まれています。しかし精神的に傷つく人がいそうなブラック・ジョークは避けるべきでしょう。ベンサムの功利主義から考えれば、笑うことができある程度の人数はいる聞き手の小さな快楽を人数は少なくても精神的に傷つく聞き手の深刻な苦痛が上回るからです。その精神的に傷つく人はその場にいる学生たちがまずは候補ですが、潜在的な聞き手も含まれます。

     

     

    JUGEMテーマ:学問・学校

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    2019.10.17 Thursday

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