インクルーシブ教育は教育ではない

2020.01.21 Tuesday

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     日本社会はほぼ翼賛的にインクルーシブ教育推進となっています。障害者権利条約について、特別支援学校がgeneral education systemに含まれるという、正確な解釈についての外務省からの回答を文科省が公表していることが国民の大部分に知られているかも怪しいです。また、この条約は国連の条約です。近年の国連が十分には人道的ではないことを日本の国民の大部分が理解しているかも怪しいです。だからこそアメリカが抗議の声を国連に挙げてくれているのです。

     

     実態において、日本で実施するのであればインクルーシブ教育は教育とは言えません。功利主義を使えば容易に分かります。功利主義はつまらない快楽のために深刻な苦痛をもたらすことに反対します。もちろん功利主義とは学説上のライバル関係と見られがちな自然法思想からしても、差別が平等権に違反するのと同様に、障害者本人や障害者の保護者への差別的な優遇は平等権に違反します。

     

     まず障害者本人を特別支援学校に通うのではなく他の学校に行かせるなら、合理的配慮をその学校の教師がしようとも対応には限界があり、障害者本人の教育を受ける権利が侵害されます。障害者の保護者のおそらく大部分は、インクルーシブ教育を良しとする日本社会の一員である以上は特別支援学校ではない学校に通うことを良しと思っているのでしょうから、特別支援学校ではない他の学校に障害者が通うことで見栄を張れるのでしょう。さしあたり高等教育以外の学校教育も機能すると仮定してみれば、教育を受ける権利の侵害は深刻な苦痛であり、見栄はつまらない快楽です。この障害者本人に関しての話は、インクルーシブ教育が教育でないことを理解する上で分かりやすいでしょう。

     

     次に、全ての障害者ではありませんが障害者の中には現実には障害から犯罪をする障害者がいることは、ジャーナリズムのあるアメリカのマス・メディアでは報じられています。僕自身も日本で障害者犯罪に遭ったことがあります。凶暴な障害者が犯罪防止の用意が不十分な特別支援学校ではない学校にやってこれば、他の児童に犯罪をするでしょう。犯罪において、凶暴な障害者は嗜虐の快楽を得るでしょうが、嗜虐の快楽はつまらない快楽でしょう。一方で、被害者となる児童は深刻な苦痛を受けます。被害者となる児童は教育を受けるどころではなくなりますので、やはりインクルーシブ教育は教育ではありません。

     

     なお、日本は法治国家ではないので良い法令は破られ、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第26条の3のような凶暴な障害者対策となる条文は十分には機能していないでしょう。一方でインクルーシブ教育を法令で強要するなら悪法なので、日本でも守られてしまうことでしょう。そして日本語マスコミにはジャーナリズムがないので、上にあげたインクルーシブ教育が教育でない二点の論拠が強固であることを示す事例が生じても、十分には報道しないことでしょう。法治国家どころか法の支配に到達しているかもしれずかつマス・メディアにはジャーナリズムのある国であるアメリカとは異なります。

     

     ベンサムは政治家が功利主義に応じて動く社会を理想としていたようです。日本の大部分の政治家は功利主義を含めて倫理学を尊重しないので、インクルーシブ教育に反対する政治家が十分にいないのでしょう。そして僕はもちろんインクルーシブ教育の強要があろうがなかろうが、それによって程度差は出ますが、そもそも高等教育以外の教育についてはホーム・エデュケーション (ホーム・スクール) 推進を望んでいます。

     

     

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